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福岡高等裁判所 昭和58年(う)160号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における未決勾留日数中九〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石田啓が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官小浦英俊が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右控訴趣意中、事実誤認の論旨について。

一所論中殺意否定の論旨に関し、

右所論は要するに、原判決は、原判示第一ないし第三の各事実に関し、被告人の殺意(右第一、第二の事実につき未必的故意、同第三の事実につき確定的故意)を認定するが、右は誤認である。被告人には殺意はなかつたものである。

二所論中心神耗弱の論旨に関し、

右所論は要するに、原判決は、被告人が本件各犯行当時、シンナー吸引による酩酊状態にあり、そのため事物の是非善悪を判断しこれに従つて行動する能力が完全ではなかつたものの、著しく減弱した状態にまで至つていなかつたとして、弁護人の心神耗弱の主張を排斥した。しかし、被告人は本件各犯行当時、シンナー吸引による酩酊のため心神耗弱の状態にあつたものである。

以上一及び二のとおりであるから、原判決は証拠の評価又は取捨選択を誤り事実を誤認したものであつて、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

(一)  しかし、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示各事実は優に認められ、とりわけ、被告人に殺意(同第一、第二の事実につき未必的、同第三の事実につき確定的)の存したことは否定しがたい。すなわち、

被告人の本件犯行に至る経緯については、原判決が「犯行に至る経緯など」で認定する事実関係のとおりであつて、本件記録及び原審において取り調べた証拠を精査しても右認定を変更すべきものとは認められない(被告人の当審公判廷における供述((昭和六〇年四月三日付上申書を含む。以下同じ))中右認定と相容れない部分は措信しがたい)。

関係証拠によれば、(1)被告人は昭和五五年二月八日の午後六時四〇分ころ、甲野花子の後姿を認めるや、所携の突きのみ(全身三三・六センチメートル、刃体の長さ一七・五センチメートル、刃幅二・四センチメートル)で同女の身体を突き刺せばうつ積した気持ちが晴れるのではないかと思つたこと、(2)そこで被告人は、同女の背後から小走りに近づいたうえ、右突きのみで同女の右肩甲上部を一回強く突き刺し、その結果同女に深さ約一二・五センチメートルの右肩甲上部から右前胸部に貫通する刺創(右鎖骨下動脈切断)を与え、これに基づく外傷性出血により死亡するに至らせたこと、(3)被告人はその場を逃げ出したものの、このままでは犯人として逮捕され両親等にも迷惑がかかることを恐れ、遠くへ逃走しようと考えたが、所持金が少いので、通行人を突きのみで刺しその所持金を強奪して逃走資金にしようと企てたこと、(4)午後七時一〇分ころ、被告人は通行中の乙川月代を認めてその背後から、いきなり突きのみで同女の左肩部を一回強く刺したところ、その刃先は同女の左肩甲骨上方から肺尖部をかすめて左鎖骨上端へ突き抜け、同女に対し加療約七八二日間を要する左肩刺創(外傷性血気胸)等の重傷を負わせたこと、(5)そのさい被告人は、同女の左肩にかけていたショルダーバッグの肩ひもを掴んで引張つたが、同女が転倒して在中の金品が路上に散乱したため、被告人は右ショルダーバッグのみを奪取したこと、(6)被告人は乙川月代から所持金を強取することに失敗したので、こんどは民家に押し入って金員を強取しようと企て、午後七時三〇分ころ、原判示丙山太郎方に入り込んだが、台所で炊事中の丙山雪子と視線があつたため、声をあげられることを恐れて突嗟に同女の身体を突きのみで突き刺そうと考え、台所に走つて同女に正面から体当りするようにして突きのみでその右前胸部を一回強く突き刺したが、同女が助けを求めたので、このうえは犯行の発覚を防ぐため確実に同女を亡きものにしようと決意したこと、(7)そこで被告人は、さらに右突きのみで同女の後頭部、項上部、背上部、肩甲間部等を続けざまに約二〇回に亘つて突き刺し、そのため同女を右前胸部刺創による右肺(原判中左肺とあるのは誤記と認める)、右心房損傷及び右肩甲間部刺創による右肺損傷等に基づく外傷性出血により死亡するに至らせるとともに、同家寝室から現金約六万五〇〇〇円を強取したこと、以上の事実が認められ、被告人の原審公判廷における供述中右認定と相容れない部分はたやすく措信できない。

しかして、右(1)、(3)、(6)の事実は被告人の殺意((1)、(3)は未必的、(6)は確定的)形成の動機、過程を示すものであり、(2)、(4)、(6)、(7)の事実に現われる攻撃の部位及び態様、とりわけ攻撃は身体の枢要部に向けられ、兇器は鋭利な突きのみであること、殊に、(2)の被害者に対しては一撃で致命傷となる打撃を与えたものであり、(4)の被害者に対してその受傷の形状からきわめて強い力で一気に突き刺したものと認められ、また(7)の被害者に対する攻撃は約二〇回にも及ぶ執拗なものであることなどを併せ考えると、被告人の司法警察員(昭和五五年二月一九日付)及び検察官(同月二六日付、同月二七日付)に対する各供述調書中の未必的又は確定的殺意の自白は真実と認められるので、被告人に殺意(原判示第一、第二の事実につき未必的、同第三の事実につき確定的)が存したことは否定しがたいところである。

所論は、(イ)被告人が原判示第一の犯行前に、自宅勝手口の板戸を突きのみで三回刺してはいるものの、突きのみであることの認識はなかつたこと、(ロ)被告人には殺害の動機がないこと、すなわち、原判示第一の事実に関し、原判示の如き些細な動機は、殺害の動機としては不十分であり、同第二、第三の事実に関し、原判決は、被告人に逃走資金獲得の目的があつたというのであるが、右目的は殺害の動機としては理解しがたいものであること、(ハ)同第一、二の事実に関し、犯行の態様をみるに、被告人が刺したのは各被害者の肩口であり、かつ一回ずつであること、(ニ)同第一ないし第三の事実に関し、被告人は各被害者に対する個人的恨みはなく、行きがかり的に犯したものであること、以上の諸点に照らし、被告人には未必的にも殺意はなかつたというのである。

よつて検討するに、(イ)前記証拠によれば、被告人は不満や苛立ちから当り散らしたい衝動にかられ、自宅裏庭の物置小屋から持ち出した突きのみで自宅勝手口の板戸を三回強く突き刺したあと、突きのみを持つたまま自宅を飛び出し、いずれも右突きのみで、当日の午後六時四〇分ころ原判示第一の被害者を強く突き刺し、午後七時一〇分ころにも同第二の被害者を強く突き刺したうえ、更に午後七時三〇分ころ、同第三の被害者を約二〇回に亘つて突き刺していることが認められる。右に明らかなように、被告人は物置小屋から持ち出した突きのみを相当時間所持携帯して犯行に使用しているばかりでなく、犯行の少し前にもこれで自宅勝手口の板戸を三回続けて突き刺しているのであるから、被告人は、本件犯行時その使用した兇器が突きのみであることの認識を有していたと認めるに十分である。(ロ)前示のように、被告人はシンナー吸引後不満や苛立ちをおぼえ、うつ積した気持ちに悩み、突きのみで被害者を刺すことによつてその気分を晴らそうとしたことは明らかであり、そのため右第一の犯行に関し未必的殺意を生じるに至つたものであつて、計画性もなく衝動にかられて敢行したものであるから、動機において不十分ということはできず、右第二、第三の犯行に関し、逃走資金欲しさに通りかかつた人や押し入つた先の家人を力づくで襲うことはしばしば見受けられることであり、そのさい殺害に至ることも稀有なことではなく、被告人が同第一の犯行直後で逃走の気持ちを強く抱いたことに徴すると、被告人が金員強取の目的の下に未必的ないし確定的殺意で被害者を攻撃したことは十分理解しうるところである。(ハ)傷害の部位や回数が所論のとおりであるとしても、兇器は鋭利な突きのみであり、加害行為も非常に激しいものであつて、右第一の被害者はその一撃によつて命を落し、同第二の被害者も加療約七八二日間という重傷を負つていることから、右所論をもつて直ちに被告人の未必的殺意を否定することはできないところである。(二)被告人に各被害者に対する個人的恨みはなかつたとしても、犯行当時犯人のおかれた状態(心情、性格、境遇、立場等)により、それまで個人的な恨みのない者の身体、生命、財産に対し攻撃に出ることは少なくないのであり、とくに本件第二、第三の犯行は、逃走を強く意図し、その逃走資金に充てるために被害者の抵抗等を排除してその所持金を強奪する目的の下に、被害者に対し攻撃を加えた際に惹起されたものであつて、物欲に基づく犯行というべきであるから、個人的恨みのなかつたことをもつて、被告人に未必的ないし確定的殺意の生じたことを否定するのは相当でない。

そうしてみれば、被告人の原判示第一、第二の所為につき未必的殺意、同第三の所為につき確定的殺意を肯定した原判決は正当であつて、その他記録を精査し当審における事実取り調べの結果(被告人の供述中右と相容れない部分は措信しがたい)を参酌しても、原判決には所論の如き事実誤認を発見することはできない。右論旨は理由がない。

(二)  被告人には一般的な精神的疾患やシンナーに対する特異体質などその精神機能に著しい障害をもたらすような先天的又は後天的な病的素質が存在しないことや、本件当時被告人はシンナー吸引による酩酊状態下にあり、その意識水準が低下していたことについては、原判決が「弁護人の主張に対する判断二、責任能力について」1ないし3(但し、一七丁裏一三行目「右犯行に」以下一八丁表三行目までと、二〇丁表一行目「その程度は」以下四行目までを除く)において詳細に説示するとおりであつて、原審取り調べの証拠を精査してもこれを変更すべきものとは認められない。

まず、原判示第二、第三の犯行当時の精神状態について検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は犯行当日の午後六時二五分ころまでシンナーを吸引したことが認められるところ、前記のとおり、被告人はその後間もなく原判示第一の犯行を犯したが、このままでは犯人として逮捕され両親等に迷惑がかかるので遠くへ逃走しようと考え、所持金が少ないところから、通行人を突きのみで刺してその所持金を強奪しようと企て、同第二の犯行に及んだものの、そのさい被害者のショルダーバッグの中味が路上に散乱して逃走資金を得ることができなかつたために、このうえは民家に押し入つて金員を強奪しようと企て、同第三の犯行を敢行したものであつて、右第二、第三の各犯行はいずれも金員獲得の明確な意図の下に合目的的になされたものであることが明らかであり、かつシンナー吸引後の時間的経過をみても、右第二の犯行は約四五分後(被告人の司法警察員((昭和五五年二月一九日付))及び検察官((同月二七日付))に対する各供述調書並びに原審公判廷における供述中には、被告人が同第二の犯行の直前にもシンナーを吸引した旨の供述部分が存するが、関係証拠を精査してもそのような形跡は窺われず、右犯行が、前示のとおり金員強取の意図に沿つてなされたものであること等に徴すると、俄かに措信しがたいばかりでなく、仮に吸引することがあつたとしても、右司法警察員に対する供述調書に「ひと息吸つた」と記載されているように、ビニール袋に残つていたシンナーをごく短時間吸つたにすぎず、その影響は僅少であつたというべきである)、同第三の犯行は約六五分後のことであるから、シンナー吸引による酩酊状態は次第に覚せいに向つていたものと考えられる(原審第一一回公判調書中の証人小田晋の供述部分によれば、シンナー吸引後一五分か三〇分も経てば大体さめてくるのが普通であることが認められる)。更に、当時の被告人の行動に見当識の障害があつたことは窺われないうえ、被告人は犯行時及びその前後の状況についてもかなり詳細に記憶し供述しているものであつて、供述内容は体験事実の具体的供述としてその信用性は否定しがたく、また、犯行後の逃走状況をみても、原判決説示のとおり不自然な点は認められないこと等を併せ考えると、当時被告人が事理を弁識しこれに従つて行為する能力を著しく減弱してはいなかつたものと認められるので、原判決が、右第二、第三の犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつたとの弁護人の主張を排斥したことは正当というべきである。

なお、当審における鑑定人逸見武光作成の〈被告人〉に関する鑑定書及び鑑定人尋問調書(双方合わせて「逸見鑑定」という)中には、原判示第二の犯行当時に被告人が心神耗弱の状態にあつたとの鑑定部分が存するが(もつとも、最終的にはその点につき再考の余地があるというのである)、右は同鑑定人が、被告人との面接(三回)時における被告人の供述及び被告人が鑑定人に提出した昭和六〇年四月三日付上申書にもとづき、被告人には右犯行前自殺念慮と被害妄想が生じたため、犯行時に被害者を母親と誤信して犯行に及んだとの事実を前提とし、被告人にはこの点明らかに見当識の障害が存在するとして、被告人は事理を弁識しこれに従つて行為する能力が著しく減弱していたとの判断を示したものである。しかしながら、証拠上明らかなとおり、原判示第二の犯行に関し、被告人は被害者を強く突き刺したあと直ちに同女の左肩にかけていたショルダーバッグの肩ひもを掴んで引張つたところ、在中の金品が路上に散乱したためショルダーバッグのみを強奪して逃走し、すぐにショルダーバッグの中を改めているのであつて、右は被害者の所持金を奪取しようとの犯意に基づくものというべきであり、また前示のとおり、被告人にはシンナーに対する特異体質はなく、時間的にみてもシンナー酩酊からかなり覚せいしているものと考えられること等に照らすと、被告人が被害者を母親と誤信して右犯行を敢行したものとは認めがたいので、逸見鑑定中右事実を前提とする部分は採用しがたい(被告人が被害者を母親と誤信したとの主張は、被告人が逸見鑑定にあたり新たに述べる事柄であるうえ右鑑定にさいし被告人は、右第一ないし第三の各犯行について、それぞれ被害者を母親と誤信したと供述するのに対し、逸見鑑定は、右第三の犯行に関しては被告人の右供述の信用性を否定し、右第一、第二の犯行に関してはこれを肯定するけれども、両者を区別する根拠も十分とはいえない)。

次に、原判示第一の犯行に関して検討すべきところ、前示のとおり、被告人は以前からシンナーを吸引していたが、犯行当日、父親から転職を強く反対されたため気晴らしにシンナーを吸引したところを、会社の上司や母親等から咎められてかねてよりの不満や苛立ちが高まり、何かに当り散らす行動に出れば気分が晴れるのではないかと思い、物置小屋から取り出した突きのみで勝手口の板戸を三回突き刺したが、気分が納まらず、外へ飛び出し通行中の被害者甲野花子を認めるや、右突きのみで同女の身体を刺せば気持ちが晴れるのではないかと考えて、突嗟に未必的殺意をもつて原判示第一の犯行に及んだものであつて、同第二、第三の犯行が金員奪取という明確な目的に沿つて行われたのに比べると、同第一の犯行は、動機、態様において異常性が強く、しかも被告人がシンナーを吸引し終わつてその約一五分後に敢行したものであつて、被告人に著しい見当識障害のないことや、犯行に対する概括的記憶が存することを考慮に入れても、シンナー酩酊の影響は大きいといわなければならない(なお、被告人は当審において、従前の供述を変更し、本件各犯行当時被告人には被害妄想があり、各被害者を自己の母親と誤認した旨供述するけれども、右供述部分には曖昧な点が多くたやすく措信できないものであり、他にこれを認めるに足る証拠は存しない)。

そして、原判示の今任鑑定によれば、被告人は犯行当時シンナー吸引による酩酊状態にあり、意識の変容(著しい見当識障害は認められないものの、対象を鮮明に認知し、良識と注意を払つてこれに適切に対応する力が低下している)、抑制欠如がみられるところ、右第一の犯行時にはその程度はかなり強く、限定責任能力に当ると考えられるが、同第二、第三の犯行時にはその程度は軽く、責任能力に影響はないというのであり、原判示の小田鑑定によれば、被告人は犯行前シンナーを吸入酩酊しており、右第一ないし第三の犯行現場の行動を通じてシンナー酩酊による影響、とくに抑制欠如等が存在したが、右第一現場での意識水準の低下(被告人には一応の見当識はあつたものの、完全に意識清明ではなく、自分の行為の重大性や被害者に対する同情心、社会的良心の水準が低下していた)は、同第二、第三現場の行為の際には次第に消失に近づいており、見当識が失われるほどではなかつたところから、事理を弁識しこれに従つて行動する能力に著しいといえるほどの障害をもたらしてはいないというのである。両鑑定とも、被告人に抑制欠如があるとともに、右第二、第三の犯行時に比して右第一の犯行時の被告人の意識の変容ないし意識水準の低下が最も大きいことを認めている(なお、逸見鑑定もこのことを是認するものであつて、右第一の犯行時被告人はシンナー酩酊により、自我機能とくに現実感覚が減弱していることなどをあげて、是非の弁別に従つて行動する能力が著しく減弱していたというのである)。

そこでこれら鑑定の結果も参酌し、前示の如き原判示第一の犯行の動機、態様の異常性、すなわち、被告人にはこれまで前科もなく、格別粗暴的性向を有していることも窺われないところ、右犯行の動機は、通常の状態であれば人を刺突するほどの深刻なものとは認めがたいものであり、犯行の態様も、被告人にとつて何ら関係のない通行人に対し、いきなり突きのみで刺突行為に及んだものであることや、シンナー吸引後の経過時間等を総合して考察するときは、被告人はシンナー酩酊のため、脳の統合機能が減退し、理性や判断力といつた上位の機能が相当に麻痺して下位の本能的機能が解放されることにより、まわりの事象を実感を持つてよく認識し、良識に従い注意力を用いて的確に判断して対応していく力が低下するとともに、抑制欠如が非常に高度であつた疑いが強く、右第一の犯行当時、被告人はシンナー酩酊により、事理を弁識しこれに従つて行為する能力が著しく減弱していたものと認めるのが相当である。小田鑑定は右の限度で採用しない。原判決は、右第一の犯行当時被告人に見当識障害がなく、右犯行はなお一般の情動犯の範疇に止まる旨判示するけれども、被告人には著しい見当識障害がなかつたとはいえ、右犯行は、高級な人格統御を経ないで行われた原始的暴発行為であり、前記諸点に照らすと、右犯行が一般の情動犯にすぎないものとは考え難い。

してみれば、原判示第一の犯行当時、被告人が心神耗弱の状態にあつたことを否定した原判決は、事実を誤認したものであつて、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は右の限度で理由がある。

そこで、その余の控訴趣意(量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、 三八二条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決する。

(犯行に至る経緯)

原判決挙示の「犯行に至る経緯など」のとおりであるから、これをここに引用する。

(罪となるべき事実)

原判決挙示の「罪となるべき事実」第一の後に、なお被告人は右犯行当時シンナー吸引による酩酊のため心神耗弱の状態にあつた、を加えるほか、右「罪となるべき事実」のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の原判示第一の所為は刑法一九九条に、同第二の所為は同法二四三条、 二四〇条後段に、同第三の所為は同法二四〇条後段に該当するところ、各所定刑中いずれも無期懲役刑を選択し、右第一の罪は心神耗弱者の行為であるから、同法三九条二項、 六八条二号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文、一〇条を適用して刑及び犯情の最も重い右第三の罪の刑に従つて処断し他の刑を科さないこととして、被告人を無期懲役に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中九〇〇日を右刑に算入することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

被告人の本件犯行は、原判決が「量刑の事情」において詳細に説示するとおり、罪質、動機、態様及び結果においてきわめて犯情悪質であり、被害者らには何らの落度もなく、無残に殺害された原判示第一、第三の各被害者の無念さ、残された遺族の悲しみ、また幸い殺害を免れたものの重傷を負わされた同第二の被害者の肉体的精神的打撃は甚大であつて、本件が地域社会に与えた影響も軽視できないものであるうえ、被告人はかねてより周囲の忠告を無視してシンナーを常用したものである。しかしながら、他面、被告人は劣悪な環境に生育しながら、これまで全く前科がなく、平素の行状にも格別粗暴な点は見当らず、在籍していた○○○製作所でもその働きぶりはおおむね良好で、臨時職員から正社員へと登用され、上司や同僚の受けもわるくなく、再びシンナーに手を出すまでは真面目に働いていたこと、被告人は若年であり(犯時二一歳)、本件犯行がシンナー吸引の影響下に敢行された偶発性の濃いものであること、被告人に反省の色が窺われること等を併せ考えると、被告人に自己中心的で意思の弱い面のあることは看過できないが、被告人が終始怠隋で放縦な生活態度であつたとも、その性格が冷酷粗暴でその矯正が不可能であるとも言い難いところである。とくに、死刑は人命の剥奪を内容とする最も冷厳な刑罰であり、真にやむを得ない場合にのみ適用すべき窮極の刑罰であることを考慮しなければならない。したがつて、被告人を無期懲役に処し、被告人をして生命の尊厳を真に自覚させ、終生被害者両名の冥福を祈らせつつ贖罪の道を歩ませるのが相当というべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺野芳朗 裁判官川﨑貞夫 裁判官仲家暢彦は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官淺野芳朗)

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